JULY 3,2004

■メメント・モリから少年の港・藤原新也展
No.012
[場所] 何必館・京都現代美術館
[期間] 2003年11月15日〜12月25日
[料金] 1,000円(一般)



今回は、写真家、藤原新也の「メメント・モリから少年の港」をみてきたよ。会場の何必館・京都現代美術館は、祇園にあるんだけど、美術館というよりは、大きいギャラリーという感じかな。ここではよく写真展が開催されるので何度も来てるんだ。それで、いつも思うのは、「入場料が高いなぁ」ってこと。そして、カタログも高いんだよね。初めての方は散財を覚悟しといた方がいいかもしれないな。

では、肝心の展示はどうだったか。写真は、アジアからヨーロッパ、アメリカへと続き、藤原の故郷である門司で終わる形。ヨーロッパ以降はモノクロだったことと、門司の写真はあきらかに他の写真とは違う視点で撮られていたのがチョッピリ違和感というか、見てて気になったね。

でもやっぱり一番のインパクトがあったのは インドやチベットの写真からなる代表作「メメント・モリ」。知らない人はいない、よね。
というボク自身も、実はプリントもイメージも見るのは初めてだったんだよ。それまでももちろん名前は知ってはいたけど、「旅モノ」ということで微妙に避けていたんだよね。まとめてオリジナルが見れるなら見ておこうか、という感じかな。

あ 、話がそれちゃったね。さて、その「メメント・モリ」。藤原節とでも言うのかな、ウワサには聞いていたけど独特の濃さがあるカラープリントだよ。川辺に横たわる人骨や、人が犬に食べられているイメージに「死は病ではないのですから」「ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ」という印象的なキャプションがついている。

確かに、これを見て、若者が南アジア辺りへニコンFM2に50mmを片手に旅に出たくなるのも頷けるってもんだよね。

でも旅の支度はちょっと待って。
旅に出たところで、このような場面に出くわすとは限らないよ。実際冷静に写真を見てみると、藤原がこのような場面を撮ったのはワンチャンスしかなかったッポイんだよね。だって過度のトリミングや露出不足等、写真セレクトの段階での選択肢の無さがにじみ出ているんだもの。

それに彼は、超広角から超望遠までのレンズを使っているから、50mmだけじゃ同じようには撮れないんじゃないかな。

つまり、ボクが言いたいのは、同じような場面に遭遇し写真が撮れるということを期待して何の準備もなく安易に旅に出るのはナンセンスだし、もっと言えば、藤原がこれらの写真で伝えたいメッセージは、「旅に出ろ」じゃないよってことなんだ。彼が同じようなスタンスで国内に焦点をあてた著作もたくさん出してるってことを忘れちゃいけないよ。

でも、彼に影響されて、会社や学校を辞めてまで放浪の旅に出た人が多かったのもまた事実なんだ...ボクはこれを見て旅に出たいなんてこれっぽっちも思わなかったけどね。

そう、過去に一度でも死を覚悟したことのある人が見たら写真も言葉もどうってことないと思うんだ。でも、そうでない平和安全ボケの人が見たら、当てられて勘違いしちゃうのかもしれないな。どういう見方が正しいというのはないと思うんだけど、くれぐれも誤読して人生を棒に振ることのないように見てほしいな。